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金富子教授インタビュー:訳書『性売買のブラックホール』出版記念 「研究とは自分探し」

研究室を訪ねてみよう!

韓国の性売買現場をとりまく過去?現在?未来について網羅的に書かれた『性売買のブラックホール 韓国の現場から当事者女性とともに打ち破る』シンパク?ジニョン著/金富子 監訳(2022年5月、出版社:ころから)が刊行されました。同書の出版を記念して、監訳者である本学大学院総合国際学研究院の金富子(きむぷじゃ)教授にインタビューしました。30年にわたりジェンダー研究をされてきた金先生。これまでの道のりも振り返っていただきながら、監訳に至った経緯や、通底する問題意識について伺いました。

取材担当/カメラ担当:国際社会学部西南ヨーロッパ地域/フランス語3年 鳥倉捺央(とりくらなお)(大学広報マネジメント?オフィス 学生取材班)

『性売買のブラックホール 韓国の現場から当事者女性とともに打ち破る』シンパク?ジニョン著/金富子 監訳(2022年5月、出版社:ころから)

――『性売買のブラックホール』は、韓国の現場の状況を伝えるだけでなく、性売買の歴史や、世界各地の取り組みも詳細に記述されていて、性売買問題に対して包括的に学ぶことができるという、画期的な1冊だと思います。金先生が監訳するに至った経緯を教えてください。

ありがとうございます。著者シンパク?ジニョンさんに献本いただいたことが、直接のきっかけです。彼女に初めて会ったのは2017年4月。2000年代初めに着手した植民地公娼制についての共同研究が、彼女との出会いにつながっていました。

――植民地公娼制についてお聞かせいただけますか。「現在の韓国の性売買の規模と形態を決定づけた要因は、まぎれもなく日本にある」と同書でも指摘されていましたね。

そもそも近世の朝鮮王朝政府は、性売買禁止政策をとり公娼制はありませんでした。19世紀後半以降、日本は膨張と侵略を進めるなかで、日本人移民男性向けに、居留地や占領地、さらに植民地に日本式の公娼制度を移植しました。近代朝鮮は、公娼制の最も早い移植先で、1880年初めに釜山(プサン)に日本式貸座敷が、1902年には、釜山に事実上の遊廓が誕生します。1910年「韓国併合」後、1916年には、貸座敷娼妓取締規則が制定?施行され、植民地公娼制が名実ともに確立しました。その実態は日本内地のものよりも劣悪でした。こうした遊廓は、1945年に日本が敗戦し植民地が解放された後も、性売買業者が集まる地域へと形を変え、現代韓国の性売買の温床となりました。また、「マエキン」「ナカイ」などの日本語が、いまも隠語として使われています。70年以上前に植民地支配は終わりましたが、性売買に関しては、植民地支配の遺産が残存しているのです。

――植民地支配期の性売買についての研究は、現代韓国における性売買を考える上で必須ということですね。シンパク?ジニョンさんとの出会いについて、教えてください。

大邱(テグ)のチャガルマダンという性売買集結地をフィールドワークした際、案内をしてくれたのがシンパクさんでした。彼女はその近隣に事務所を構え、性売買女性を支援する運動を20年にわたり続けていました。

忘れられないのは、2006年に誕生したムンチ(団結という意)という性売買当事者女性ネットワークのメンバーのお話を、シンパクさんの事務所で聞いたことです。シンパクさんとムンチの間に信頼関係がなかったなら、当事者女性からライフ?ヒストリーや性売買に対する考え方を直接聞くことなどできなかったでしょう。「性売買は女性に対する暴力であり、搾取だ」、「『セックスワーク論』は、結局のところ、性売買業者の言い分を代弁しているだけだ」……。仲間と話しあうなかで自分たちの経験を再解釈した、という彼女たちの言葉が、とても印象的でした。

交友を深めるなかでわかったのは、シンパクさんが、現場に対する知識?情報を豊富にもっていること。そして、分析力、包容力があること。とても魅力的な方です。彼女たちとの出会いから、日韓の性売買に関する共同研究も始動しました。こうした縁で、本書を贈呈してもらうことになったのです。

シンパク?ジニョンさんを東京に招待して、講演会をおこなった時の様子(2019年10月)。 100人以上が参加して盛況だった。(金富子先生提供)

――金先生の興味?関心が、研究や出会い、本書の翻訳?出版へとつながっていたのですね。監訳に込められた意図とはなんだったのでしょうか。

日本の性売買を巡る現状に対し代案を提示したい、という思いがありました。日本は、性売買、そして公娼制の歴史が非常に古いです。江戸時代初めに吉原遊廓に代表される公娼制度が確立し、戦後に公娼制が廃止されたものの、現代までその仕組みや影響が続いているのですから。簡単に変えられないのでは、と思ってしまうこともあります。しかし、世界を見渡せば、2000年前後からスウェーデンやカナダ、フランス、ノルウェーなどでは、買春者を処罰し性売買女性を支援する新廃止主義の北欧モデル(性平等モデル)が実施されています。アジアでは、韓国が性売買防止法を制定しましたね。これは、北欧モデルを部分的に取り入れたものです。つまり、性売買を女性への暴力と捉え、その根源は女性側ではなく男性側の買春「需要」にあるという認識のパラダイムシフトが起こったのです。

本書『性売買のブラックホール』には、性売買の構造や女性の待遇の実態、性売買業者や買春者の姿など、現場にいなければ見えてこない事実が盛り込まれています。「日本の性売買を巡る状況に、別の見方を与えることができるのでは」と、目次を訳した時点で感じました。業者による巧妙な性搾取の仕組みや買春者の生々しい実態を暴いている点、性売買の背景には女性の貧困や家庭?職場?学校などでの居場所のなさがあると指摘している点、性売買を女性に対する暴力だと捉え北欧モデルの全面導入を求めている点、性売買をしない権利を打ち出している点。本書の指摘は、いずれも、反性売買を目指すうえで重要な視点です。

――性売買をしない権利、ですか。

ええ。性売買に対する構造的な把握が重要です。性売買をする権利とよく言われますよね。ですが、性売買をしない権利が剥奪されている状況を改善しなければ、「個人の自発的選択」という名での経済的な性売買の強制はなくならないと思うのです。主に買う男/買われる女というジェンダー非対称な関係性は、社会的なジェンダー不平等構造から起こるからです。

――『性売買のブラックホール』は、韓国と日本で脱性売買のために活動しているアクティビストたちが手掛けており、国境を越えた連帯が存在していると感じました。他方、韓国の性売買が、日本の植民地支配期にルーツをもつことや、「慰安婦」問題にもつながることを踏まえると、旧植民地-旧宗主国における被害-加害という関係性が両国に存在していることも事実です。被害-加害関係を越えた連帯は可能なのでしょうか。

たとえば、こうした「慰安婦」問題を、国家対国家と捉えるのは、本質を見誤ると私は考えています。問題を解決しようとする日韓の市民と、なかったことにしたい日韓の市民や政府の対決として見るべきではないでしょうか。実際、「慰安婦」問題は植民地主義と家父長制から起こったということを前提とした、国境を越えたフェミニスト連帯が生まれています。家父長制克服という観点は日韓で共通していますが、日本では、植民地主義という観点が弱いです。なぜなら、日本が過去におこなってきた加害の歴史について学ぶ機会が乏しいからです。ですが、克服すべき課題だと自覚し、歴史的事実を証言や証拠に基づき主体的に学ぶことで、植民地主義に対し批判的な視点を見につけることができるでしょう。

――教科書から日本軍「慰安婦」の史実は消されつつあり、加害の歴史を知らない世代が増えてきています。加害の歴史に向き合う上で、おすすめの本や映画などはありますか?

まず、入門として、こちらを紹介します。『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』加藤圭木監修/一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール編(2021年7月、出版社:大月書店)という本です。植民地支配や平和の少女像などに関して、大学生たちが、加害とどう向き合っていくのか、調べたり議論したりしながら作ったものです。加害の歴史を考える第一歩としておすすめです。

つぎに、「沈黙の歴史をやぶって 女性国際戦犯法廷の記録?(2001年公開、ビデオ塾)という、64分のドキュメンタリー映画を見てほしいですね。これは、2000年12月に東京で開かれた、日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷の記録です。戦時下における女性への暴力をなくすためには、日常における暴力をなくさなければならない、と活動していたVAWW-NET JAPAN(戦争と女性への暴力日本ネットワーク)が、加害国女性の責任として、被害者側――韓国、フィリピン、台湾、中国、インドネシア、北朝鮮、オランダ、マレーシア、東ティモールなど――に提案し実現したのが、この法廷でした。

映像には、日本軍性奴隷制にまつわるさまざまな被害/加害証言が登場します。加害を立証する公文書も豊富に提示されています。特筆すべきは、「慰安婦」サバイバーの証言が映像として残っていることです。「慰安婦」と聞いたときに、朝鮮半島を思い浮かべる人が多いでしょうが、先ほど述べた被害各国の女性たちの証言も登場し、日本軍の加害の広さ?深さが伝わってきます。元日本軍兵士による加害証言もあります。

この法廷は、加害国女性の責任を明確にして、被害諸国の女性運動に提案し共催したという点で、非常に意義があるものでした。ここまでトランスナショナルに、脱植民地主義をめざしてフェミニズム連帯を打ち出したのは、戦後日本において初めてなのではないでしょうか。このドキュメンタリー映画は、wam(Women’s Active Museum on War and Peace)ホームページで公開されています。

女性国際戦犯法廷アーカイブズ「沈黙の歴史をやぶって 女性国際線戦犯法廷の記録」。
ドキュメンタリー映画へのリンク:https://archives.wam-peace.org/wt/video

法廷で述べられたことを、全て文字に起こしたものが1冊(全6冊)の本として出版されています。いまでいうインターセクショナリティの視点や、批判的「人種」理論など、当時最先端の議論が展開されており、密度が高い文章を読みこなすのは簡単ではありませんが、ドキュメンタリー映画を見て興味を持った方はぜひ挑戦してほしいです。特に、判決が収められている『第6巻 女性国際戦犯法廷の全記録Ⅱ』VAWW-NET Japan編(2002年7月、出版社:緑風出版)から、ぜひ。国家と個人――「慰安婦」制度を立案したり作ったりした個人――に当時の国際法からみてどのような法的責任があるのかがわかるでしょう。

判決文は、被害者が沈黙を破ったことに敬意を示すことから始まります。この法廷は、被害者が求めた正義の実現をめざす世界的規模の活動の到達点であること。諸国家が正義を遂行する責任を果たしていれば、この法廷が開廷される必要などなかったのだということ。読むたび、胸がふるえます。

日本の加害の歴史を、証言や証拠に基づき学ぶうえでおすすめの2冊。右から、 『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』加藤圭木監修/一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール編(2021年7月、出版社:大月書店)、 『第6巻 女性国際戦犯法廷の全記録Ⅱ』VAWW-NET Japan編(2002年7月、出版社:緑風出版)。

――金先生は、大学での講義や研究にとどまらず、日本軍「慰安婦」問題解決に向け歴史的事実を資料や証言など明確な根拠に基づき発信しているFIGHT FOR JUSTICE の共同代表をつとめたり、少女の性搾取問題解決にむけて活動している団体と連帯したりするなど、学問を実際の行動へと結び付けて活動されています。『性売買のブラックホール』監訳のお仕事は、学問と社会の交差点にあるものではないか、と感じるのですが、金先生にとって、学問と社会はどのような関係にあり、両者はどのような意義をもつものなのでしょうか。

研究と運動、学問と社会は結びついている、そう思っています。例えば、私は長年、ジェンダー研究をしていますが、ジェンダー学という学問分野は、1960年代末からはじまった第二波フェミニズムが生んだものです。植民地公娼制度や日本近代公娼制度の研究も、日本軍「慰安婦」問題解決を韓国の女性運動が訴えたことや、サバイバーたちが沈黙を破ったことなどを契機として、さかんにおこなわれるようになりました。私が今取り組んでいる日韓の性売買研究も、2000年前後に韓国で脱性売買にむけて女性運動が中心となって活動を始め、法律が制定され…という大きな流れのなかから生まれたものです。

研究とは、起こった出来事や、運動、社会の様子、人間の営みに対し、どうおこなわれたのかを掘り起こして記録し、それが何を目指したのか、どんな意味があったのかなど、歴史的?社会的な意味を探り、位置づけ、分析し、社会に発信していくものだと思います。私は、フェミニストという立場で、女性たちの声に敬意を払いながら、歴史に埋もれてきたその小さな声を発掘し社会に発信していくこと、女性の声を届かせるためには社会にどのような変化が必要なのかを人権の視点から考えることに、非常に関心をもっています。

――これまで研究者として歩まれてきたなかで、最も印象深いエピソードを教えてください。

私自身の関心が、性暴力や性売買にあるためでしょう、サバイバーとの出会いが最も印象深かったです。「慰安婦」制度のサバイバーや、現代の性売買のサバイバーたちとの出会いです。

私は、1990年に、日本軍「慰安婦」解決運動を在日コリアン女性と共に、韓国と連帯しながら始めましたが、当初は、被害当事者不在の運動でした。性被害ゆえでした。しかし金学順(キム?ハクスン)さんが沈黙を破ったのです。1991年8月のことでした。彼女がその年の12月に来日し証言集会を開いたとき、私は主催者側の1人として、その声を聴き、大きな感銘をうけました。その後も、たくさんのサバイバーの証言に触れました。

あるサバイバーの証言に、「学のない女だからこうなった。私に学さえあれば、馬鹿にされなかった」という言葉がありました。教育水準が低く、貧困家庭に育ったということ。これは、植民地下の女性に共通した現象だったのです。民族?階級?ジェンダーの視点から、植民地朝鮮の教育とジェンダーについて考えることが、私の出発点になりました。1995年から本格的に研究に取り組み、10年かけて『植民地期朝鮮の教育とジェンダー 就学?不就学をめぐる権力関係』金富子著(2005年6月、世織書房)という本にまとめました。

2021年11月から2022年7月にかけてFIGHT FOR JUSTICEが企画?主催したオンライン連続講座のポスター。 日本軍「慰安婦」問題について、資料や証言にもとづいた研究成果を通じて主体的に学び、考える機会を提供している。(金富子先生提供)

――30年にわたって、金先生は、問いと向き合ってこられました。

研究は、私にとって、自分探しの時間でもありました。この日本で、朝鮮人として、在日2世として、女性として、私が生まれた意味は何だったのか。答えが見いだせないまま悩んでいました。社会人を経て、30代になり、もう一度研究をし直したいと思ったときに、植民地時代に朝鮮半島で何が起こったのかを知ることが、自分を知ることではないかと気づき、それが研究テーマになりました。

在日コリアン女性同士で、日本軍「慰安婦」問題について調査を始めたとき、「もし植民地期に生まれていたら、自分たちも『慰安婦』にされたかもしれない」ということを言い合ったことがあります。「慰安婦」にされた女性たちの話は、過去の話ではなく、現在の私たちの話だ、という問題意識があったのです。民族?階級?ジェンダーが重なる地点が、朝鮮人で、在日2世で、女性である自分自身でした。

――FIGHT FOR JUSTICEの運営も、その問いの延長線上にあるのですね。

はい。FIGHT FOR JUSTICEという市民グループは、研究者だけでなく、アクティビストや、「慰安婦」問題を研究しようとしている学生?院生などが運営に参加しています。若い世代の視点が、気づきにつながることもあり、私自身学ぶことが多いです。

2018年、韓国ソウルに総勢16人でゼミ旅行をした際に、戦争と女性の人権博物館前で撮った写真。 その前年は台湾台北にゼミ旅行をおこなった。(金富子先生提供)

――研究者を目指す学生に向けてアドバイスをお願いします。

自分が本当にやりたいテーマを見つけるのには時間がかかります。紆余曲折があったり、悩んだり。私自身もそうでした。ですが、その時間は決して無駄になりません。「この問いだ!」というものに出会えたら、離さないこと。「あくなき探究心」を持って、どんなニッチな分野でもいいから、「その分野の第一人者」を目指してほしいです。問題意識をもち、現場に足を運び、謙虚に学ぶこと。関連する一次資料や論文、著作はすべて読みつくすくらいの意欲、そして強い自負を忘れないでください。研究者は、社会がなかなか目を向けてこなかった問題に研究を通してアプローチし、発掘することができます。研究成果を社会に還元し、社会と連帯することが重要です。

――本学学生や、本学を志す学生にむけて、メッセージをいただければと思います。

高校までみなさんが習ってきたことは、国家が期待する人間像をどう作るか、という側面もあると思います。大学では、今までに学んできたことにとらわれすぎず、学び直すことにこそ意義がある。自分らしく生きていくためにはどうしたらいいのかを考える、絶好の機会なのですから。もしかしたら、心に余裕をもって問いに没頭できる、最後の機会になるかもしれません。悩み続けることを恐れないで、悩んでほしいです。

――力強いエール、ありがとうございます。最後に、今後の展望について、お聞かせいただけますか。

実は、韓国の性売買当事者ネットワーク?ムンチが昨年12月に出版した本『無限発話』(原題)を、日本語に翻訳?出版するべく、準備を進めています。「証言」ではなく、あえて「発話」としたところに意味があります。当事者たちが自らの経験を再解釈し、問題解決まで提示したいという思いが込められているからです。

現場の活動家の記録である『性売買のブラックホール』と、性売買当事者の声である『無限発話』。日本の性売買を取りまく状況に、代案を提供するべく、作業を進めています。

――『無限発話』を書店で手に取れる日を心待ちにしています。本日は、お忙しいなか、ありがとうございました。

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インタビュー後記

社会と学問のあいだで活動されている金先生。問いの出発点が自分自身だった、という言葉が、耳に残っています。初めてのインタビューだったので、最初は緊張していましたが、密度が濃いお話を聴くことができ、とても充実した、あっというまの90分間でした。温かいエールと、課題をいただけたこと、本当に感謝しています。自分の問いが見つかるまで、あきらめずに悩み続けます。

鳥倉捺央(国際社会学部 西南ヨーロッパ地域/フランス語専攻3年)

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